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No.07


田島博士の特別栄養講座


多様性  ・閾値

多様性
今年流行している言葉に「複雑性」「多様性」の二つがあります。これは経済や科学領域にとどまらず、何気ない日常にも大切な役割を果たしているのです。 農業には「連作障害」という言葉があります。畑で同じ作物ばかりを作り続けると、土地が痩せて植物が育たなくなり、収穫量が減るという現象です。病気に強く、かつ、たくさん収穫するには、まず土の肥沃さが必要です。土の中に多種類のバクテリアや真菌類がいる方がいいのです。連作は土壌中の多様性を低下させ、棲息する微生物を多様から一様にしてしまいます。そして別の病原性の微生物が繁殖しやすくなるなどの障害が発生します。予防法として薬剤や化学肥料の散布は一時的に効果が望めますが、それなしには雑草も育たない状態になり、多様性は回復せずに死んだも同然の土になりかねません。一度失われた多様性は、堆肥のような有機肥料をいくら与えても、元に戻すのに長い時間が必要です。人知も微生物の生態系をコントロールするには及ばないことを思い知らされます。土に何の処置もせず、雑草を生えるに任せることが、結局は回復への最も近道なのです。これは農業だけの話ではありません。 物事は多様から一様に偏ったときに抵抗性を失い、環境に適応する力を失うと考えられます。食事も一様に変化しつつある現代、私達の身体に住む腸内細菌も多様性を失いかけているかもしれません。身体自体も変化しているはずです。疲れやすい、風邪をひきやすい、そんな人は日頃の生活を振り返ってみて下さい。食事、仕事、勉強、人間関係、そして人生の全てにおいて複雑かつ多様であることが大切だと思います。一つの物事に凝り固まることなく、多様であることに価値を見い出せる自由な考え方を持ちたいものです。

閾値(いきち)
生理効果と毒性
刺激の強さを連続的に変化させたとき、生体に反応をひき起こすか起こさないかの限界を閾値といいます。
例えば、尿中に糖が排泄され始める時の血糖値はだいたい180mg/dlで、これが閾値です。検査で空腹時血糖がこれ以上であれば糖尿病が疑われます。生理学だけでなく、広く物事を考えても、閾値は存在しています。病気でもないのに1日24時間以上も眠ることは出来ませんし、食事をする回数もおのずと限られてきます。つまり、身体はそれぞれの物事に応じて耐えうる限界があるわけです。栄養素を始め、ある種の薬物に対する生体の反応(生理活性)の強さに応じて閾値は変わってきます。
アミノ酸は、それ自体の生理活性が弱いために閾値までの幅も大きく、ホルモン、微量元素などは生理活性が強いためその閾値が低く、生体は安全のためにタンパク質などを結合させて、活性を抑制しています。イタイイタイ病の原因になったカドミウムも適量であれば、動脈硬化を予防する働きがあります。バナジウムも毒性の強い金属ですが、少量であれば糖尿病の治療効果が期待されます。つまり生理活性と毒性とは紙一重なのです。
「効果が強い」ということは「毒性も強い」「閾値が低い」ことを意味しています。風邪薬や栄養ドリンクなどの一般市販薬は、幅広い年齢を対象としています。20歳と80歳では基礎代謝量や肝臓などの解毒機能も異なりますから、安全性への強い配慮がされているのです。ですから栄養ドリンクを飲んでショック死した話は聞いたことがありません。そしてこれらは必ず腸を経て吸収されることを基本としていることが重要なのです。