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No.10


第一生命女子陸上競技部 山下佐知子監督
当たり前の事を当たり前にやる大切さ

都心とは思えない閑静な場所に見心寮はあります。 隣接した芝生のグラウンドが眩しい五月晴れの中、世田谷の第一生命合宿所に山下監督を訪ねました。

「去年まで許していた事も今年は違うよって言ってますから、選手もきついと思います。でも私も同じ様にきついですね」今年は結果を出す事に厳しく、と語気を弾ませる。「選手には厳しい事を言いますが、責任は指導している自分にあると思っています」しかし要求している事は、選手にとってごく当たり前の事で、例えば自己管理の徹底。競技選手として食事や睡眠、体調などコンディショニングに関る事だ。「バカみたいですけど、当たり前の事を当たり前にやる大切さを三年目にして解ったんです。やっと人並みのチームに近づいたって感じですね」選手から言われる事に右往左往してきた末に、ようやく自分なりの方法を見つけ、選手と共に臨戦体勢で挑んでいるのが伝わってくる。根っからの負けず嫌いが陸上を始めるきっかけだった。「小学校一年生の校内マラソンで六番だったんですけど、一番の人が羨ましくて、翌年からはずっと一番でした。それからマラソンと言えば山下と周りから言われてましたね」と大きな声で笑いとばした。「中学でも高校でも、今、無理させたらダメだから、と先生が口癖の様に言ってました。成長期だからでしょうね。同じ練習でもついていける子とそうでない子がいますから、個人の力を見極める事が大切だと思います」成長期を素晴しい指導者の元で過ごした。

▽「伊藤がマラソンレース前に駅伝なんかも重なって色々不満を言って来たんです。優勝するには走力だけじゃなくて、運もありますよね。人への思いやりがなかったり、自分勝手な事ばかり考えていたら運なんか呼び込めないよ、と二時間位かけて話しました。実際に勝てたので彼女も少しは解ってくれたと思うんですけどね」一流だから人間性が高まるのか、人間性が高いから一流になれるのかを尋ねると「どちらとも言えませんが、人間性を置き去りにしたままでは、本物と言えないと思いますね。何の為に競技をやってるのかって事です。私達は競技を通じて人としての豊かさを培おうとしているわけですから」「落ち込んだ時に、人の為に何かをする事でかえって自分が元気になったという経験が何度もありますから」お世話になった方へは必ず礼状を出す。当たり前の様な事だが、凡人には出来ない。山下さんの細やかな心遣いには、人としての豊かさを感じる。

▽「冬季五輪で日本に来たスケート選手が、今はスケートで勝てるから注目されるけれど、もっと世界の平和の為に何かをアピールしていきたい、と言ってたんです。単に記録や勝敗以外の所で夢を持ってるってすごいですよね。そういえば日本にはそういう選手がいないな、と思いました」「清水選手が褒章金の一部を地雷撲滅の為に寄付するって言ってたので良かったです」日本人全体にボランティア意識が薄いので、もっと高い意識を持ちたいものだ。

▽最後にセリアネットの感想を、と恐る恐る聞いてみた「うーん・・・食生活に関する部分は本当にそうだなぁと思う所が多いです。あの選手ちゃんと読んでくれてるといいなぁ、なんて思いますね」ほっと胸をなで下ろしながら偉大なブレーンを歓迎した。大きな声で明確な答えが何時も用意されていた。中学教師をやめて陸上競技に人生を賭けただけの事はある。芯の強さ以上の優しさを感じた。「恋愛の事で何時間も話す事があるんですよ」監督業の向こうに一人の女性像が見隠れした。
山根武司